東京地方裁判所 平成7年(ワ)25501号 判決 1996年8月27日
原告
近藤武志
右訴訟代理人弁護士
澤藤統一郎
同
山本政明
同
安原幸彦
同
山口泉
同
彦坂敏尚
被告
エール、フランス、コンパニー、ナショナル、
デ、トランス、ポール、ザエリアン
日本に於ける代表者
ベルナール・ラトゥール
右訴訟代理人弁護士
青山周
主文
一 被告は原告に対し、金一万九一〇二円及びこれに対する平成六年三月一一日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一 請求
被告は原告に対し、金一三四万〇六〇〇円及び内金五二万〇三〇〇円に対する平成六年三月一一日以降支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 被告は、フランス国法に準拠して設立された航空運輸業を営む外国会社であり、昭和二七(一九五二)年九月一日に日本支社を開設した。原告は、昭和四一年一一月一八日被告に入社し、平成六年三月一〇日定年により退職した。
2 被告の「日本で雇傭された職員に関する就業規則」(以下「本件就業規則」という。)には、年次有給休暇に関し六一及び六二条において、別紙記載のとおり規定されている。
3 原告は、平成六年一月一日から同年三月一〇日までの間に、合計一二日間の休暇を取得した。
4 被告は、右休暇のうち四日分については年次有給休暇と認めたが、それを超える部分については欠勤として扱い、原告の当時の賃金五四万九一七〇円のうち基本給である四九万六六七〇円の二一分の一である二万三六五〇円の七日分に当たる一六万五五五〇円を原告の退職時に支給されるボーナスから控除した。
二 争点
1 原告の主張
(1) 本件就業規則六一条四項によれば、在職一五年を超える従業員には年間二五日の年次有給休暇が付与されるところ、被告は入社二年目以降の職員の年次有給休暇の基準日を毎年一月一日とする運用を行っていたから、原告は平成六年一月一日の時点で二五日の年次有給休暇を取得する権利を有した。
(2) しかるに、原告が平成六年一月一日から同年三月一〇日までの間に取得した一二日の休暇のうち二日分は本件就業規則六一条五項所定の追加の休暇であるから、年次有給休暇は一〇日取得したことになり、残余の有給休暇日数は一五日である。
(3) 原告が退職時に未消化の一五日の年次有給休暇については、本件就業規則六一条九項により、一日当たり基本給の二一分の一である二万三六五〇円の割合による三五万四七五〇円の補償を受ける権利を有する。
(4) 原告は原告訴訟代理人らに対し、本件訴訟を委任し、着手金・謝金として合計三〇万円を支払う旨約束し、同額の損害を被った。
(5) よって、原告は被告に対し、ボーナスからの控除分一六万五五五〇円、未消化の年次有給休暇の補償分三五万四七五〇円、労働基準法(以下「労基法」という。)一一四条に基づく付加金としてこれらと同額の五二万〇三〇〇円及び弁護士費用三〇万円の合計一三四万〇六〇〇円並びにうち前二者の合計五二万〇三〇〇円に対する退職日の翌日である平成六年三月一一日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
(1) 被告は、入社当初の年次有給休暇日数が少ないので年次有給休暇を取得できるようにするとともに、その後においても年次有給休暇の取得を促進するため、入社後二年目以降は、その年の入社日まで「所定労働日数の八割」勤務すれば発生するべき年次有給休暇を、「所定労働日数の八割」勤務することを条件に、前倒しでその年の一月一日から取得できるよう取り扱っている。しかし、年次有給休暇の基準日は、職員各人の入社日であり、この取扱いによって基準日を一月一日にずらしたものではない。
(2) 定年退職者が基準日以前に退職する場合は、本来年次有給休暇は発生しないが、その年の一月一日以降退職日までの期間一か月について基準日までに継続勤務すれば発生する年次有給休暇の一二分の一の割合による日数を付与する特別の取扱いをしている。この特別の取扱いによって、原告は平成六年一月一日から同年三月一〇日までの期間について四日の有給休暇が付与されたものである。
(3) なお、原告が平成六年一月一日から同年三月一〇日までの間に取得した一二日の休暇については、四日を年次有給休暇とし、残る八日を欠勤として処理すべきところ、被告は計算ミスで七日を欠勤として処理し賃金計算してしまったものである。また、欠勤による賃金の計算については、本件就業規則六一条九項に基づき欠勤一日につき基本給の二一分の一の割合によるのではなく、被告の賃金規定に基づき賃金の三〇分の一の割合によって計算すべきであり、これによれば、原告の当時の賃金五四万九一七〇円を基準にして欠勤八日分は一四万六四四八円となる。
第三 判断
一 原告が平成六年一月一日から同年三月一〇日までの間に取得できる年次有給休暇の日数について検討するに、甲第一号証から第三号証まで、乙第二号証、第一一号証の一から一五まで、第一二号証及び証人大島浩司の証言によれば、次の事実が認められる。
1 本件就業規則には、六か月以上一年未満の勤続者に対しては、勤務一か月につき一稼働日、満一か年勤続者には一六稼働日、この一六稼働日にさらに一か年増加する毎に一稼働日を加える(ただし、年間二四稼働日を最高限とする)、一五年以上勤務者に対しては二五日、それぞれ年次有給休暇を請求することができる旨定められているが、被告においては、右各年次有給休暇の算定に関しては、いずれも職員各人の入社日を基準にするとの解釈に則って運用していた。
2 もっとも、被告は、年次有給休暇の取得を促進する見地から、入社後二年目以降は、その年の基準日まで所定労働日数の八割勤務すれば発生するべき年次有給休暇を、前倒しでその年の一月一日から取得できるように取り扱っており、毎年一月一日時点でその年に取得できる年次有給休暇日数を予め職員各人に通知していた。
3 また、基準日以前に退職する定年退職者に対しては、その年の一月一日以降退職日までの期間一か月について基準日まで勤務すれば発生する年次有給休暇日数の一二分の一の割合による日数を特別に付与するという取扱いをしており、その年に定年退職する予定の職員にはその日数が通知されていた。以上の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
被告における右の取扱いによれば、原告の年次有給休暇の基準日は入社日の応当日である毎年一一月一八日ということになり、本来平成六年度の年次有給休暇は同年一一月一八日にならなければ発生しないというべきであるから、同年一月一日から定年退職日である三月一〇日までの期間については、一か月につき基準日まで勤務したと仮定した場合の年次有給休暇日数の一二分の一の割合によって特別に付与される四日以外にはないものと解される。
確かに、年次有給休暇の基準日について本件就業規則の文言は必ずしも明確ではないし、いわゆる前倒しの取扱いや定年退職者の特別の取扱いについて明文の規定を欠くなど、年次有給休暇に関する被告の就業規則の定めは不備であり、疑義を招くおそれがあるとの謗りは免れない。しかし、そのために原告が主張するように、被告はいわゆる前倒しの取扱いによって入社二年目以降の職員の年次有給休暇の基準日を毎年一月一日にずらしたと解するほかないと断定することはできない。そして、労基法三九条に規定する年次有給休暇の算定の基礎となる継続勤務年数の起算日が雇入れの日であることは明らかであるところからすれば、被告における運用をもって同法に違反するとはいえないし、全労働者に年次有給休暇を斉一的に付与するため、労働者毎に異なる基準日をずらして同一の日にする方が簡便であるとはいえても、そうしないでいわゆる前倒しの運用により事実上同様の効果を狙ったからといって、労働法所定の内容より労働者に不利にならない以上、これを潜脱するとの非難も当たらない。
そうすると、原告が平成六年一月一日から同年三月一〇日までの間に取得した一二日の休暇のうち四日は年次有給休暇と認めたが、それを超える部分については欠勤として扱った被告の処理は正当というべく、同期間中に二五日の年次有給休暇を取得する権利を有することを前提にした原告の主張は採用できない。
なお、被告は、右欠勤の部分について原告の退職時に支給されるボーナスから一六万五五五〇円を控除したものであるが、欠勤による賃金の計算については賃金規定に基づき賃金の三〇分の一の割合によって計算すべきであるとして、欠勤八日分の正しい控除額は一四万六四四八円である旨自認するところであるから、その差額一万九一〇二円を原告に返還するべきである。
二 原告の労基法一一四条に基づく付加金の請求は、本件事案に鑑み相当でないし、弁護士費用の請求は、被告の行為との間に相当因果関係のある損害とは認められない。
三 以上によれば、原告の本件請求は、過当に控除したボーナスの差額一万九一〇二円及びこれに対する退職日の翌日である平成六年三月一一日以降支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、その範囲で認容し、その余は理由がないから棄却して、主文のとおり判決する。
(裁判官萩尾保繁)
別紙<省略>